次女の子どもは男の子二人。
上の孫は3歳1カ月。紛れもない好奇心のカタマリである。
体中にアンテナを張り巡らしてるが如く、
目に見えるもの耳に聴こえるもの、
いや、目の端を過ぎるもの、耳たぶに微かに触れる音にまで、全てを逃さない。
好奇心旺盛は決して悪いことではないが、
自らの好奇心を理性で調節するにはまだ幼過ぎるのか、
結果、落ち着きが無く集中力に乏しいというような評価を受けがちのようだ。
保育園で。スイミングスクールで。ピアノ教室で。
先生のお話を落ち着いて聞けない。
一つの事をやっているそばから、もう次の事を考えて動こうとしている。そして動いてしまう。
我が家に来てもそんなふうであるから、まあ容易に想像がつくわけで。
昨日、孫を連れて遊びに来た次女が「ピアノ教室やめたの」と言う。
最近スイミングを週1回から週2回に増やしたと聞いた時、
加えてピアノ教室が週1であり、3歳の孫には大変じゃないのかしらと内心思っていたので、
「ああ、いいんじゃない」と応えると、「もう無理だからって先生に断られたのよ」と。
一瞬驚いた。が、娘には言わないがあり得るかなとも思った。
そうじゃなくても3歳児。そこにケタハズレの好奇心が加わるのだから、さもありなん。
周りのあらゆるものに興味が湧き、レッスンに集中できないのだ。
ようやく集中したかと思うと、口元が開きヨダレが鍵盤に垂れ落ちる。それを必死に防御する先生。
教室の中にある触って欲しくない物をいちいち触られるのも先生には嫌だったらしい。
孫がピアノをやりたいと言ったから始めたと娘は言っていたが、
そこはそれ、好奇心のカタマリなのだから、見たら何でもやりたいと言うわけで、
彼の中にそこまでの強い思いがあったかは微妙。
可能性を広げてやりたいという親としての娘の思いもわかるが、孫にとって時期尚早だったのは否めない。
先生のお顔は存じ上げないが、孫のレッスンの度にさぞストレスを抱えておられたことだろう。
もう無理だと伝えるのもきっとずい分と悩まれただろうと思う。
ただそう告げられた次女のショックも当然あり、それがLINEでだったということに憤慨もしているようだ。
お子さんのいらっしゃらない方だというので、3歳児の実態をご存じなかったのかもしれない。
いや、大人しくレッスンに集中出来る3歳もいるのだろうが、
申し訳ないが、こちとら何度も言うがケタハズレの好奇心を持つ3歳児なのだ。
他に3歳の子はいないの?と訊くと、すごく大人しい女の子が一人いるみたいと娘。
教室のホームページで3歳からOKということで申し込んだのだが、最近見直したら4歳からに変わっていたそうだ(苦笑)。
・・・
そんな話をしながら浮かない顔の次女だったので、
「でも、それだけパワーがあるってことなんじゃないの。パワーが有り余っているんだよ。そのパワーを上手に制御し使う術を体も心もまだ持っていないだけだよ」
と言いながら、次女の男子同級生の話をする。
幼稚園生の頃、保護者参観で行くと彼は少しもじっとしていなく、立ち歩いては友だちにちょっかい出したりお母さんたちに話しかけたり。
席に腰かけていても、先生のお話にいちいち大きな声で反応して流れを止める。間違いを指摘する。
その度、彼のお母さんは顔を赤くしバツが悪そうに「すみませ~ん」と言っていた。
その彼が小学校、中学校と上がるにつれ、溢れる能力を遺憾なく発揮し周囲に知らしめるようになる。
学力はもちろん、部活動でも優れた成績を残し、周囲も認める人間性で生徒会長にも。
(結局二浪し超難関私大に入ったらしい(次女談)、というのもいつも最後笑わせてくれた彼らしい)
彼の持つパワーが彼の心身に追いついてきたと思ったものだ。
ウチの孫が彼のようなのか、ただの落ち着きのない3歳児なのか(多分後者)、今はまだわからないが、
そういったケースもあるのだしあまり考えこまないでというばあばの思いである。
「確かに大変なところもあるけど、〇ちゃん、すっごくカワイイと思うよ」と婆バカ全開で言う私。
小さい人として、カワイイ奴やなぁ、くすぐられるなぁ、みたいな可愛さ。(やっぱり婆バカか?)
私はばあばだからだろうが、
保育園でもスイミングスクールでもそんなふうに孫の良いところを見つけて可愛がってくれる先生もいてくれるそうで、有難いなぁと思う。
次女たちが帰った後、夫にその一件を話すと、そう言えば自分もまさにそんな子どもだったと言う。
小学1年生の時、授業中に教室をうろうろ歩き回り注意を聞かないで困る、と親が先生に言われたとか。
小学1、2年の担任は年配の女先生で、勉強、生活態度とも良い評価を貰えず落ち着きがないとずっと書かれた。
それが3年生になり若い男先生が担任になると、元気があって素晴らしいと評価が180度変わった。
自分の好奇心ややる気をどんどん伸ばしてくれた。
それが良い方向へ向かい成績もアップ。小・中学校では生徒会長を務め、県で一番の高校に進んだそうな。
日頃、己のことをすっかり忘れて上の孫の落ち着きの無さを嘆いていたじいじ。
「もしかして俺に似たのか?俺の遺伝子か?」と苦笑いだった。