すっとんきょうでゴメンナサイ

風の吹くまま気の向くまま

晩年の母のこと

 

豚肉入りのいかにもありふれた野菜炒めを作りながら、

晩年の母は簡単な炒め物も出来なくなっていたこと、思い出した。

 

故郷の島を離れ、兄の近くに暮らすようになった両親を手伝う為に、

月に一度、一週間ほど出かけて行った。

毎回、待ちかねていたように迎えてくれ、私は長旅の疲れを休める間もなく、

家の中のことをあれこれと始める。

母は私が居る間は100%お休みモードにシフトチェンジで、

料理、掃除、洗濯を全て娘に託した。

 

元々、体があまり強くなかった母はいわゆる“働き者”というわけでもなく、

中年以降、特に父がリタイアしてからは、洗濯は父がほとんどしていたし、

それほどきれい好きでもなかったので、掃除もそこそこ。

ただ、料理だけはいつも手を抜かず美味しい物を食べさせてくれた。

家族の日常の食卓には、決して豪華ではないが、

食材、彩り、味付けなどバラエティに富み、栄養的にもバランスの良い料理が並んだ。

母の作る食事のおかげで自分自身健康に育ったとけっこう本気で思っている。

また、学生時代、友だちが家に泊まりに来ると、

腕の見せ所とばかりにフルコース並みの和食を作ってくれ、友だちを喜ばせたものだ。

 

なので、

兄の近くに引っ越した両親を手伝うようになったある日、

母が「どうやって料理してたかわからんようになって」と呟いた時、

内心ひどく驚いた。

亡くなる2年くらい前だろうか。

簡単な野菜炒めに塩、コショウの他に料理酒を少々振り入れたら、

「えー、そんなことやるんや」と驚く。

「野菜の旨味が出て美味しくなるよ」と言うと、「あんた、よう知っとるね」と感心した。

感心されるほどの大した知恵じゃない。何だか母を励ましたいような気になり

「ママも美味しい料理、いっぱい作ってくれたやん」と言う私に

「どうやって料理してたかわからんようになって」と言ったのだ。

 

思えば、その頃から母は少し様子が変わってきていた。

母が食べたいと言い、頼まれて買って来たお寿司。

一つ口にして「これ、何?ちっとも美味しくないわっ」と不機嫌にお寿司を投げ戻し、席を立った。

驚いた。

そんなことを言ったり、そんなふうに食べ物を投げる母じゃなかったから。

仮に美味しくなかったとしても、そんなふうにあからさまに毒づく人じゃなかった。

母の態度にムカッときた私も言い返した。

そんな母娘の間でオロオロと取り成す父。今まで無かった構図である。

たいてい、父と私が喧嘩して、間に入った母が諭したり取り成したりだった。

「お前、あんなふうに言うたらあかんぞ」と言って聞かせる父の横で、

そっぽを向いてあくまでも不満気な母。

腹立たしく思いつつ、いったいどうしたんだろうと不安が過った。

 

懐かしい故郷の旧友と電話で話している内に、言葉が次第に攻撃的になっていく母。

父に対し強い口調で我を通そうとし、満たされないと父を激しく責め立てる母。

某国の大統領を「鉄砲で撃ち殺したらいいんや」と、真面目な顔で言い放つ母。

どれも私が聞いたことのない母の「言葉」であり、初めて見た母の「姿」だった。

 

ある時、夕食の用意をしながら、ふとリビングのソファーに座る母に目をやると、

口を真一文字に、真っ直ぐ前を見据え、両手をギュッと握りしめている。

窓の外の景色を眺めているのかいないのか、じっとそのまま姿勢で。

何か考えているのか、何も考えていないのか。

その横顔がひどく不安そうで、急に可哀想に思え切なくなった。

 

自分にとって母はいつも明るく優しく前向きで、

他人の悪口や愚痴を子どもの前で言うことはなかった。

自分は自分。他人を羨んだり、他人に囚われることは意味が無いといつも言っていた。

他人との無用な諍いは飄々とやり過ごし、あっけらかんと我が道を行った。

そんな母の思いがけない他人に対する攻撃的な部分。

もしかして母の中にはそれが有って、ずっと隠してきたのだろうか?

歳を取ったことで、その箍が緩んだ?

それとも、認知症がなせること?

そんなことを考えた。

 

その頃から母には認知症の症状が出ていたのかなと、振り返って思う。

最期まで認知症の診断はつかなかったけど。

分かることと分からないことの狭間で母は戸惑っていたのかもしれない。

思うように御せない自分の感情にも苦しんでいたのかもしれない。

 

母のことはずっと大好きだったが、規格外のところがあり、振り回されたことも多い。

晩年もそういうわけで、様子が変わった母に腹を立てたこともある。

でも、

何があっても、どうであっても、

自分にとって間違いなく愛してやまない母であったこと、

母を亡くしてからの月日が経てば経つほど、その思いが深くなる。

 

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