10年以上前でしょうか。
劇団『大人計画』を率いる劇作家松尾スズキさんのインタビュー記事を読み、そこに示されていた松尾さんの「大人観」に痛く感銘を受けたことがあります。
ちなみに、『大人計画』とは今や超人気の劇団。
宮藤官九郎さんや阿部サダヲさん、荒川良々さん、三宅弘城さん、他にも才能溢れる個性的なキャラクターがわんさか。
彼らの演技には何だかクスクスさせられて、大好きです(´▽`*)
さて、
松尾スズキさんご自身、大人になることを急いだと言います。
地域や学校でも「みんな一緒」が苦手で、奇異な行動に出てしまい、周囲の反感を買う。
その結果、心が傷つく。
ちゃんとした大人になれば落ち着きが出て、孤立も平気になるだろうと思っていた。
その頃の彼にとって「大人になる」とは、
「たとえ毎日がどんなにつまらなくても、その現実を受け入れ黙々と生きていく」こと。
「当時、30代前半で、常に“面白いか面白くないか”を問い、面白くないと、息が詰まりそうになって、面白いものに逃げてた。そんな自分を、まだまだ未熟だと考えていた」そうです。
ところが、今、松尾さんの「大人観」は向かうベクトルがまるで逆であるかのように、
「世の中にここまで希望がなくなって、豊かさもない、つまらないじゃ、ホントに、つまらなくなっちゃう。今の大人はむしろ「つまらない」と言わない人だ。どうしようもない状況においても、自分の中に「面白い」といえる価値を作り得た人が大人、と思えてきた」
なるほど!(⊙o⊙)
―――大人に「ちゃんとした」感じはもう必要ないのか。
「ボクの子ども時代なら、大人の代表は手塚治虫先生。とにかく働く。2日、3日寝ないでもバリバリ仕事する。でも、現代の子どものお父さんは、そんなふうに働いていないでしょう。仕事していないかもしれない。そんな状況でも大人にはならなくちゃいけない。
そのためには、内面をフラットにし、見たもの聞いたものを、自分の中で面白く加工して、内部の世界を成熟させていくのがいい。かっこいい大人と、バリバリ働く大人は違うんですから」
うーむ、かっこいい大人ねぇ。確かにそういう雰囲気の人、おりますねぇ(*´ω`)
―――これから大人になろうとする人たちに言いたいことは。
「若い人たちは何かにやたらこだわるとか、逆にすぐあきらめちゃうとか、昔のありがちな大人像はすんなり身につけてたりする。
あるいは「テレビは絶対見ない」「携帯は絶対持たない」と、すぐ「絶対」を振り回す。
「自分には出来ません」と、いきなり結論に行き着く…。
こだわらずに面白がる、あきらめつつも面白さを求める、「決めない」というやり方もあるんじゃないか」
……………
決して、松尾スズキさんのように確かな信念を持っていたわけではないですが、面白がるのが大好きです。
「つまらない」ことを「つまらない」と言うだけじゃ芸が無いと、つい思ってしまいます。
くだらないことこそ、いかに面白がりきちんと落としてみんなで笑うかに、燃えるとこあります。
かと言って、私が大人かどうかはわかりません。
今まで面白がることについて、そんなふうに考えたこともないし、私にとっては、大人になろうとしてやっていたことでもないのですしね。
(単に関西系のノリなのか?(^-^;)
でも、松尾さんの言葉で、それもアリだったのねと内心嬉しくもあり。
今後は、も少し自信を持って「面白がる」ことを極めていこうと思ったものでした。
「面白がって(ある意味ふざけて)ばかりいる」母親(私)に娘たちは「大人になって!」とよく言っていましたが、
ペコパ風に言えば、「それも悪くないだろう」じゃないすか?( ̄▽ ̄)
なんちゃって…(*´з`)
義母の庭のピンクの椿
↑よろしければポチ頂けると嬉しいです(^^)/