先日、愛知県の両親のお墓に1年2ヶ月ぶりにお参りがてら
足を延ばし長野県諏訪地方へ出かけて来ました。
さて、
少々長くなりますが、先ずは説明させてください( ̄▽ ̄;)
諏訪大社は、長野県の諏訪湖周辺に4箇所(上社本宮、上社前宮、下社秋宮、下社春宮)の境内地を持つ神社です。
全国各地にある諏訪神社総本社であり、国内にある最も古い神社の一つとされています。
諏訪大社では、七年に一度の寅と申の年に宝殿を造営し、社殿の四隅にあるモミの大木を建て替える祭りを行います。
この祭りを「式年造営御柱大祭」、通称「御柱祭(おんばしらさい)」と呼び、諏訪地方の6市町村20万人の氏子がこぞって参加する天下の大祭です。
御柱祭がいつから行われているのか定かではありませんが、室町時代の「諏訪大明神画詞」に、平安初期の桓武天皇(781~806)の時代に「寅・申の干支に当社造営あり」とあるのが最初の記録で、起源はさらに遡るともいわれています。(パンフレットより)
大木に大勢の男たちがまたがり群がり
坂の上から一気に滑り落ちる映像を何度か観たことがあります。
あわや大木の下敷きになりかける人もいて、迫力満点。
そのシーンがとても印象的で
それがメインイベントでありクライマックスかと思っていましたが
それだけではないことを今回知りました。
「山出し」と「里曳き」です。
御柱祭は上社と下社で分かれて行われるそうですが
例えば、下社(秋宮・春宮)の場合
「山出し」
伐採されたモミの木8本が置かれた下諏訪町大平の棚木場(たなこば)(山出し開始地点)から、木遣りを合図に多くの氏子に曳かれて注連掛(しめかけ)(山出し終了地点)に向かいます。
集落の細い道を進むと待ち受けるのが「木落し坂」。
最大傾斜約35度、距離100mを男たちが御柱へまたがり、一気に坂を滑り落ちます。
木落しを終えた御柱は注連掛へ曳きつけられ、5月の里曳きを待ちます。
「里曳き」
5月中旬、豪快な山出しと好対照で町中が華やかな雰囲気に包まれます。
曳行距離は短いものの、騎馬行列、花笠踊り、長持行列が道中絵巻を繰り広げ、祭りを盛り上げます。
御柱は、注連掛から春宮、秋宮へ向かい、春宮、秋宮の境内の四隅に御柱が建てられ、合計8本の御柱が神となります。
また、上社(本宮・前宮)の場合は、
八ヶ岳裾野の綱置場から「山出し」が始まります。
道中の難所は狭いカーブを抜ける「穴山大曲」「木落し」、そして「川越し」です。
「里曳き」はその一月後。御柱屋敷を出発し境内を目指します。
騎馬行列や花笠踊りで町中が祭り一色に彩られ、境内到着後は「冠落し」の儀が行われます。
来年は寅年。御柱祭が行われます。(4月山出し・5月里曳き)
七年に一度ですから、地元の皆さんはさぞ楽しみにされていることでしょう。
諏訪の男たちは今から気持ちが逸って仕方ないのでは?^m^
このままコロナウイルスの感染が落ち着いていますように🙏
それでは、
最初に訪れた 下社春宮
右端に大木が建てられています。御柱(おんばしら)です。
春宮 一之御柱
二之御柱はこちら
残りの2本は表からは見えませんでした。
次に 下社秋宮
一之御柱
神楽殿
お湯が出ていました。さすが温泉地⁉
そして 上社本宮
一之御柱
最後は 上社前宮
こちらはぐるりと回りながら4本の御柱が見られました
イチョウの黄色がキラキラと輝いて綺麗でした(❁´◡`❁)
10時半くらいから回り始め、諏訪大社四社を全て参拝したら14時半になっていました。
途中、「おんばしら館よいさ」で御柱祭を学んだり。
春宮の近くにある「万治の石仏(まんじのせきぶつ)」にお参りしたり。
自然石のてっぺんにちょこんと首がのるアンバランスな風貌とユーモラスな表情が特徴です。胸には逆卍(まんじ)や雷・太陽・雲・月などの記号や絵が、手を組んだ右側には南無阿弥陀仏の文字が彫られています。
ちなみに、上社と下社間は意外と距離があります。
この後、私が希望の原田泰治美術館に行きました。
また、諏訪湖の美しさにも魅了され写真をたくさん撮りましたが
長くなりましたので、それはまた次回に(;^ω^)