こまくさ便り~Your Smile

娘、妻、嫁、母、ばあば、そして「私」の日々を綴ります

松山英樹選手、アジア人初のマスターズ制覇!

 

松山英樹、アジア人初のマスターズ制覇

悲願のメジャータイトル獲得

 

今朝、日本中のゴルフファンが大歓喜の声を上げたことと思う。

実家にいる夫もテレビの前で間違いなくそうだったろう。

かく言う私もそう。

私に関してはゴリゴリのゴルフファンではないが、日本人、いやアジア人としても初のマスターズ制覇に感動と喜びで心が震えた。

優勝が決まった瞬間の、解説者である中嶋常幸プロの号泣する声にももらい泣き。

たくさんの日本人選手たちが挑戦しては弾き飛ばされ、メジャーの高く厚い壁をこれでもかと思い知らされてきた歴史があった。

松山選手にしてもそうだった。

2011年に初めてマスターズに出場してから10年である。

そんなことを思うと、この快挙がどれほどの偉業だったのか、更に熱いものがこみ上げてきた。

 

優勝直後のインタビューでの松山選手の言葉。

「これまで(日本人が)メジャーで勝つことはできなかったけど、僕が勝ったことで日本人が変わっていく。僕ももっと勝てるよう頑張ります」

 

きっと勝てない、勝てるはずがない

心の何処かにどうしたって在る古い日本人の感覚を、今の若いアスリートたちが次々と壊してくれていると感じる。

テニスの錦織圭選手や大坂なおみ選手がそうだった。

テニスのグランドスラムで日本人が決勝のコートに立つ姿を少し前までは想像すら出来なかった。

まして、優勝することなど。

それが今や、準決勝、準々決勝で敗れるとひどくガッカリする自分がいる。

きっと勝てない、勝てるはずがないと、もはや思わないのだ。

勝てる、勝って欲しいと至極可能性のあることとして思う。

卓球もそうだろう。圧倒的な強さを誇る中国に、もしかしたら勝てるかもと思わせてくれる。

バドミントンも世界のトップで戦うことが当たり前になっている。そして勝つ。

 

僕が勝ったことで日本人が変わっていく

 

「世界」で渡り合い勝つことが決して夢なんかじゃないことを示してくれる日本のトップアスリートたち。

後に続く若い人たちの意識を変え、確かな真実味を持って勇気づけてくれている。 

 

 

参考までに、ゴルフの海外メジャー大会を制した日本人選手としては

樋口久子さん、1977年/全米女子プロゴルフ選手権

井戸木鴻樹さん、2013年/全米プロシニアゴルフ選手権

渋野日向子さん、2019年/AIG全英女子オープン

に次ぐ4人目だそうだ。

 

マスターズ前週に開催されたオーガスタ・ナショナル女子アマで梶谷翼さんが優勝したのも記憶に新しく、ゴルフの聖地で日本人選手が頂点に立ったこと、誠に誇らしく喜ばしい限りである。

 

 

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おめでとう!感動した!ありがとう!(画像はお借りしましたm(__)m)

 

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拓郎が「天国の夢の島に持って行きたい7曲」とは?

 

吉田拓郎が天国の夢の島に持って行きたい7曲」は?

 

という、吉田拓郎オールナイトニッポンGOLDでリスナーに予想してもらう企画があったらしい。

拓郎のファンだけど、金曜日の夜、つい忘れてテレビを観ていたり眠りこけていたりして、最近、ほとんどラジオを聴けていません(^▽^;)

なので知りませんでした。

応募総数約20,000通、正解は約400通あったそうです。

えーーー⁉そんなにいた(⊙o⊙)というのが私の感想です。

拓郎の曲がどれだけあるかわかりませんが、そこから7曲全て当てられるなんてスゴイ!

 

ネット検索すればあちこちで取り上げていました。

拓郎のファンでない方には特に興味もないでしょうが、書き留めておこうと思います。

 

「吉田町の唄」(1992.4)

「流星」(1979.5)

「君のスピードで」(1995.6)

「慕情」(2011.6)

「やせっぽちのブルース」(1970.11)

「いくつになっても happy birthday」(2001.3)

「ペニーレインでバーボン」(1974.12)

 

ふーむ、なるほどぉ。

いや、正直言えば、なるほどと言えるほどこれらを選んだ拓郎さんの気持ちがわかるわけではないけど。

ていうか、「そんなのアンタにわかるわけないだろ」と拓郎さんは言うのだろうけど(;^ω^)

 

なるほどね。

もちろん、みな niceな曲であることは間違いないです!φ(* ̄0 ̄)

 

恐れながら、自分が「天国の夢の島に持って行きたい吉田拓郎の7曲」を選ぶとするなら。

 

「夏休み」

「ともだち」

「どうしてこんなに悲しいんだろう」

「リンゴ」

「落陽」

「元気です」

「人生を語らず」

「俺を許してくれ」

「君のスピードで」

 

あれ?もう9曲になってる。まだまだあるのに。

最初から振り返ってみたので初期の曲でもういっぱいになってしまった。

これでもずい分削りましたが。

天国の夢の島で下界での思い出に浸りながら寝転び聴くことをイメージしてみました。

「俺を許してくれ」はコンサートでめちゃくちゃ陶酔した思い出があります。歌詞といい、メロディといい、リズムといい。

 

選べないわーー ╯︿╰

 

拓郎自身が7曲に絞ったこともスゴイ。

 

 

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長女、手術。蘇る愛おしい思い出

 

長女が手術しました。

命には関わらない、ちょっとした手術なのですが、それでも手術は手術。

医師は初め、このコロナ禍、特に家族に来てもらわなくてもと言ったそうですが、看護師に家族に来てもらった方がいいと進言され、ではそのようにと。

何度も言いますが、手術は手術。何が起こるかわからないわけで、そりゃそうでしょうと、親としては駆けつけるわけです。

 

無事手術が終わりベッドに寝かされた長女が戻って来た時、安堵しながらある光景がふと浮かびました。

 

長女とちょうど2歳違いで次女が生まれた時のことです。(なので、長女と次女は同じ誕生日です)

夫の転勤の時期と重なったため、瀬戸内の島の実家に帰省し出産することにした私。

両親に助けてもらいながらの出産です。

どちらかと言うとぼんやりさんの、良く言えば穏やかで聞き分けのいい長女は、両親にもすぐ馴染み、出産後の私が入院中も何とかうまくいくかなと思えました。

ある日の夕方、これはもしや?との予兆を感じ、その日の夜には入院することに。

母が運転する軽自動車に長女と乗り、病院までの道のり。

長女は幼いながら何かしらの不安を感じ、それを取り除こうとしていたのか、とてもお喋りでした。

病院の駐車場で私だけ降り、「じゃあね」と言った時にはもう泣き出しそうな顔をしていましたが、すかさず母に「家でアイス食べよう」と言われ「うん」。

それでも見送る私のことを最後までずっと見て、窓に張り付く何か言いたげな顔が可哀想で私の方が泣きそうでした。

 

一人で陣痛を耐え、翌朝早く無事次女が生まれました。

しばらく陣痛室のベッドで安静にし、お日様が明るく輝き出した頃、さあ病室に向かいましょうと病棟に向かう廊下に出ると、母と長女が待っていました。

「ああ、来てくれたの?」とベッドの上で話す私の顔をじっと見つめる長女。

「赤ちゃん生まれたよ」と言うと、神妙な顔で頷きます。

そんなやり取りの後、ベテラン助産師さんが「さあ、病室に行くでぇ」と威勢の良い声をかけてベッドを押し始めました。

すると、おかあさんが何処かに連れていかれると思ったのか、長女は大声で泣き叫びながら

「待ってー!待ってーー!おかあさーーーん!!

と必死の顔でベッドの後ろを走ってついて来るではありませんか。

その後ろから母が笑いながら「おかあさん、どこへも行かへんから!」と言う声も耳に入らず、病棟に響き渡るほどの絶叫でした。

あの時の長女の泣き顔、今でも憶えています。

そんなふうに激しく感情を爆発させる長女をあまり見たことがなかったので、驚きながら私も泣き笑いでした。

ようやく病室に着くとベッドにサッと駆け上り、私にしがみつく長女が可哀想で愛しかった。

 

そんな調子だったので、もう帰らないと言われたら困るなぁと思っていたのですが、

既に察知している母の「さあ、家に帰ってアイス食べんか(食べよう)」の言葉に、我に返ったかのように「バイバイ」と帰っていく長女に、ちょっと裏切られた気分で苦笑いでしたね(笑)

 

あの時の幼かった長女がこんなに大きくなって、逆に、こうして私に迎えられて目の前にいるということが感慨深くて、しみじみとするのでした。

 

先ほど、元気なラインが届きました。回復も順調なようです。

 

 

ところで、その時生まれた次女ですが。

いくらか小さめで、頭囲も小さかったことが幸いしたのか、超超安産でした。

長女の時が初産ということもあり、なかなか大変なお産だったので、それはもう拍子抜けするほどのスムーズさ。

「え?もう出ましたか?」⊙.☉

と分娩台の上で言ってしまったほどです。

ええ、マジです( ̄▽ ̄;)

 

 

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妹の世話をよくしてくれる優しいお姉さんでした(´▽`*) 

 

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春うらら、たんぽぽ家族とバッタの赤ちゃん?

 

少しずつ花粉症が和らいできて、ウォキーング再開しました

道々に春の花が咲き、それを眺めながら歩くとどうしてもゆっくりになってしまう

立ち止まってはスマホで撮ったりするので、ウォーキングとは名ばかりのお散歩です

そのお散歩が楽しい(´▽`*)

 

たんぽぽの家族、見つけました

大家族です

お兄さんやお姉さんはもうすぐ旅立ち

弟や妹たちは足元にぎっしりと集まって見送る準備?

先日、大家族のテレビ番組をちらっと観たせいでしょうか

見上げる顔に憧れと寂しさが入り交じっているかのように見えました

 

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綿毛くんに注目 (⊙ˍ⊙)

一つ一つの綿毛が放射線状に連なっている

外側のけばけばは白ウサギさんみたい

 

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畑の脇にハナニラが綺麗に咲いていて

撮った時には気づかなかったけどトリミングして大きくしてみたら…

 

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うす緑の何かがいる⁇

 

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バッタの赤ちゃん?(⊙o⊙)

いっちょまえに触覚も長い⁉

 

🚶‍♀️ 

道沿いの家々にも丹精込めて育てられた色とりどりの花々が咲き誇っています

ジロジロと覗くわけにもいかないので何気なく、しかし目は皿の様にして通り過ぎています(笑)

 

本当にいい季節になりました(❁´◡`❁)

 

 

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久しぶりの図書館。「たんぽぽの日々」

 

しばらくの間改装中だった大きな図書館が4月から再開され、早速出かけて行きました。

お目当ての本があるわけではないけど、ちょっと様子伺い。

ぷらぷらとウインドーショッピングさながら棚の本たちを眺めて歩くと、心が落ち着き癒されます。

大げさに言えば自分にとってリハビリ的な要素もある大好きな場所です。

新型コロナウイルス感染拡大以前は(お暇な(当然自分もその一人(^-^;))シニアの方々がたくさんいて、そこかしこで読書をし、新聞を広げ、寛ぎ、休んで(うたた寝して)おられましたが、

皆さん、控えていらっしゃるのか、館内は人がまばらでした。

 

タイトルに惹かれ手に取り、パラパラとめくってみて、何となく面白そうな3冊を借りました。

そのうちの1冊 俵万智の子育て歌集 たんぽぽの日々」

 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

で一躍時の人になった歌人俵万智さんの歌とエッセイ集です。

一人息子さんを育てておられる中で生まれた歌と、それにまつわる息子さんとの日々や母としての思いが綴られていて、

はるか昔にその時代を過ごした母としても、懐かしさや愛おしさで心がほっと温かくなる内容です。

 

息子さんとの散歩中、たんぽぽの綿毛をふうっと吹いて見せてあげるのが楽しみだった万智さん。

初めは何が起きたのかわからない顔だった息子さんが、そのうち自分でもやってみたくなり、ふうふうとかわいい息をかけていたそうです。

そんな息子さんの様子を見ながら、母である万智さんの切ないばかりの祈り。

 

たんぽぽの綿毛を吹いて見せてやるいつかおまえも飛んでゆくから

 

 たんぽぽの綿毛は、たんぽぽの子どもたちだ。地面に根をはっている母親は、こどもたちのこれからを、見とどけてやることはできない。ただ、風に祈るばかり。

 たんぽぽの母さん、せつないだろうなあ――そんなことを春の斜面で思うようになったのも、自分が子どもを持ってからのことだ。そしてまた、「見とどけられない」という点では、実はたんぽぽも自分も同じである。

 いつかは、この子も、この綿毛のように飛んでゆく。そう思いながら吹いていると、それはもうただの遊びではなく、息子と自分の時間が限られたものであることを、切実に感じるひとときとなった。ほら、あの子はもう、あんなに遠く。ほら、この子は、こんなところでひっかかって。

 息子と一緒にいられる時間を、だから私は「たんぽぽの日々」と感じている。綿毛になって飛んでいったらもう、あとはただ、風に祈るばかり。

(「たんぽぽの日々」より)

 

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写真:市橋織江さん

 

私と娘たちとの「たんぽぽの日々」はどうだったろう。

初めての子育てで長女を育てている時は、もちろん慣れないことや不安もいっぱいあったけど、彼女一人に向き合い、逆に一つ一つの出来事を丁寧に味わえたかもしれません。

小さく愛おしい長女の手を引いてお散歩する時の幸せだったこと。

2年後に次女が生まれ、その4年後に三女が生まれ、ひと時もじっとできない目まぐるしい子育ての日々に突入してからは、一日があっという間に暮れて明けて暮れて。

ゆっくりと丁寧に、とはいかなかったなぁ。

それでも三人娘ともみくちゃになりながら過ごした年月は、今となっては幸せに満ちた味わい深い日々でした。

二度と味わうことのできない「たんぽぽの日々」がどれほど貴重だったか、切ない思いで嚙みしめるのです。

我が家の「たんぽぽの子どもたち」も飛んで行きました。

自分の場所で、自分らしく生きていってくれることを風に祈るばかりです。 

 

 

こんな歌も収められていました。

 

叱られて泣いてわめいてふんばってそれでも母に子はしがみつく 


ああ、そうだったなぁと、幼い頃の娘たちを思い浮かべるといじらしくて、目の奥がじわっと熱くなります。

同時にほろ苦い後悔も。

叱られて泣いてそれでもしがみつく我が子をあの時の自分は抱きしめてやれただろうか。

必ずしもそうではなかったな…。

未熟な親で申し訳なかった。 

 

娘に叱られ泣いてわめく孫たちも、やっぱり最後には娘にしがみついています。

子にとって母親は、どんなに叱られようが求めずにはいられない存在なのでしょうね。

 

 

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