すっとんきょうでゴメンナサイ

風の吹くまま気の向くまま

こだわりを持たないことにこだわる~『舟を編む』より

 

NHKBSのドラマ舟を編む~私、辞書つくります~』が面白い。

 

原作は、2012年本屋大賞で第1位を獲得した三浦しをん氏の同名小説で、出版社の辞書編集部を舞台に、新しい辞書づくりに取り組む人々の姿を描いています。

映画化もされ、2013年4月に公開されました。

初公開から10周年となる2024年の3月に、35ミリフィルム上映を含む期間限定リバイバル上映されているそう。

 

それでNHKドラマ版のあらすじ

大人気ファッション誌の編集部員・岸辺みどり。

雑誌の廃刊が決まり、突如異動になった先は辞書編集部!そこは、ぼさぼさ頭で超がつくほどの生真面目上司・馬締光也を筆頭に、くせ者ぞろい。

みどりは、彼らに翻弄されながらも、一冊の辞書を作るために十数年間に及ぶ時間と手間をかける根気と熱意に触発され、次第に自らも言葉の魅力を発見、辞書編さんの仕事にのめり込んでいく。

辞書「大渡海」を完成させるまでの、辞書編集部員たちの奮闘物語。(NHK公式サイトより)

 

映画では馬締が主人公として描かれていましたが、ドラマでは辞書編集部の新入り・岸辺みどりの視点で描いています。

 

誰もが一度は手にしたことのあるぶ厚い本、辞書。

一見淡々と言葉が敷き詰められたように見える辞書の裏には、「作り手」の想像を絶する情熱と心血が注がれています。
「ヤバい」に無数の意味を持たせ、込み入った会話は簡略化。空気を読み、雰囲気で済ませてしまいがちな昨今。

そんな時代だからこそ、言葉にこだわる辞書作りの魅力を通し、”言葉は誰かを傷つけるためではなく、誰かを守り、誰かとつながるためにある”という未来への希望を伝えたい。(NHK公式サイトより)

 

物語の中で、一つの言葉が持つ様々な語釈を知れるのが楽しい。

へえ…そんな意味もあったのかと感心することも度々。

一つ、或いはせいぜい二つくらいの意味でしかその言葉を使っておらず、それはつまり己のボキャブラリーの貧困に繋がっているんだなあ。

そんな意味があるならもっと様々に違う場所でも使えるじゃないの。

 

時代の変遷と共に本来の意味とは少し違うところで使われるようになった言葉もある。

言葉は生き物だろうからそれはそうとして、本来の意味を知っておくのは大切なんでしょうね。

と言うより、楽しい。

これまでの勉強不足ゆえでもありますが、はるか昔から変わらないその言葉の持つ本来の意味を知ることはちょっとワクワクします。

 

 

ところで、【こだわり】

 

俗用(本来の意味と違う使われ方が広まり、そちらの意味の方が一般的になったこと)では、“匠のこだわりの逸品”のように良い意味での使われ方をすることが多いが

本来、「こだわ・る」とは

心が何かにとらわれて、自由に考えることができなくなる。気にしなくてもいいようなことを気にする。他人からの働きかけをこばむ。なんくせをつける

など、悪い意味を持つ。

 

と馬締さんが言っているのを聞きながら、これって自分だわと思いました。

「心が何かにとらわれて、自由に考えることができなくなる。気にしなくてもいいようなことを気にする」

 

自分の周りにはこだわりの強い人間が多いと感じていて、だから自分のこだわりなんて大したことないと思っていたのですが

私、十分こだわる人間です。

そうか、これってまさに“こだわり”だったんだ。

 

その後、「こだわりを持たないことにこだわる」という台詞があったのですが

それも又、真っ直ぐに腑に落ちて。

 

こだわりを持たないようにあっけらかんとするのは長らく自分の信条(大袈裟^^;)ですが、それも確かに“こだわり”なのかもしれない。

 

「心が何かにとらわれて、自由に考えることができなくなる。気にしなくてもいいようなことを気にする」

そんな過剰な自意識やコンプレックスに囚われ、苦しくて仕方なかった頃。

こだわりを持たずあっけらかんとしていようと決めました。

 

そんな“こだわり”を必死に持ち続けています。

 

 

乗り物好きな三男孫、こだわり強め男子です(^^)

 

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まさに「三寒四温」、春はそこまで?

 

春はもうすぐとウキウキした「雨水」の日から3週間が経とうとしています。

春の到来を感じて冬ごもりしていた虫たちが土から出てくる啓蟄(3月5日)を過ぎ、奈良東大寺「お水取り」(3月12日深夜)も近い。

自分的には毎年「お水取り」のニュースを耳にすると、いよいよ春も近いかなと思うわけで。

 

いわゆる三寒四温という表現が当てはまるようなこのところの天気。

ちなみに、

三寒四温(さんかんしおん)とは、冬の時期に寒い日が3日くらい続くと、そのあとに比較的暖かい日が4日続くという意味の言葉で、寒暖の周期を表しています。

もとは中国の東北部や朝鮮半島北部で冬の気候を表す言葉として用いられました。

(略)

日本では早春になると低気圧と高気圧が交互にやってきて、低気圧が通過し寒気が流れ込んで寒くなった後、今度は高気圧に覆われて暖かくなり、周期的な気温の変化を繰り返すことが多くなります。

このため、日本においての「三寒四温」という言葉は、本来使われる冬ではなく、寒暖の変化がはっきりと現れる春先に用いられるようになりました。

(「weathernews」より)

 

確かに季節は暖かい方へ移っているようでもあり。

かと思うと、真冬のような寒さに引き戻される。

 

今週、当地方は2回も雪が降りました。

3月の終わりに「なごり雪」が降ったことはこれまでもあります。

ただ、

何となく中途半端なこの時期、しかも一日あけて2回降るというのはあまり記憶に無いなあ。

 

それでも、日中、暖かい陽が差し、雪はすっかり融けました。

顔を出した虫たちも、もう春?いやまだ冬なの?と悩ましいのでは(笑)

 

私はと言うと、

今週の初め、大きなクシャミを連発した朝に一気に本格化した花粉症。

しばらくの間、その症状に悩ましい日々を送ることになります(ーー;)

 

 

6シーズン目シクラメン、順調に咲いています(^^)

 

 

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ひなまつり/“寅さん”~まともじゃないのに正しい

 

昨日のひなまつり。

前日までの寒さと強風が収まり、暖かな好き日。孫たちが遊びに来た。

男の子三人の後の(待望の)女孫は1歳3ヶ月の可愛い盛り。

ヨチヨチと歩く姿がこれまた愛おしい。

男の子とは違う柔らかさや華やかさにじいじもばあばも癒されるばかり。

が、これでなかなか気が強く、ニイニたちにモノを取られまいと大声を張り上げる様は、近い将来、家族の中で女王様として君臨するのではとちょっと心配にもなる^^;

お雛様を出すことを怠けたので、ひなまつりと言ってもそれらしいものは無く、スーパーで買った桜餅が唯一の彩り。

それでも孫たちの賑やかな声が桃の節句を明るく盛り上げてくれた。

 

今日も朝から穏やかな晴れ。部屋の中に日差しが差し込んで暖かい。

心の中まで温められる、そんな思いになりたくてNHKBSで“寅さん”を観た。

 

やっぱり寅さんはあったかい。

そして最後にはセツナサと温もりの入り混じった涙がホロリ、だった。

 

……………

 

今から10年以上前のこと。

『寅さんの伝言』というタイトルで新聞に連載されていたコラムがある。

映画男はつらいよで寅さん(渥美清さん)と共演したマドンナたちをはじめ、
シリーズに出演したお馴染みの俳優さんたち。

それから山田洋次監督やスタッフ。さらに地方ロケで出会った現地の人たち。

そんな人々が寅さんとのエピソードや寅さんへの思いを語っていて、毎回楽しみにしていた。

 

当時、その中の一つのエピソードを取り上げてブログに書いた。

 

💻

ある回は、寅さんのいくつかのシリーズに出演した赤塚真人さんだった。

第38作『知床慕情』の際、
ロケ地で夕日を見ながら「俺は何のために生きているのかなあ」とつぶやいた赤塚さんに、渥美さんは言ったそうだ。

「何て言うかな、ほら、あー生まれてきて良かったなって思うことが何べんかあるじゃない。そのために人間生きてんじゃねえのか」

 

「何のために生きているか」と考えた時、大きな何かを探そうとしたり、大きな何かが欲しくてモヤモヤしたり。

それが見つからないと生きている意味が無いと焦っちゃったり。

だけど、

生まれてきて良かったなと思うことが何遍かでもあるでしょ

そう思うために生きてるんじゃないの

そう言われたようで、自分も気が楽になると言うか、肩の力が抜ける気がしたものだ。

 

確かに寅さんはそうして生きている。

人生の哀愁を噛み締めつつ、生まれてきて良かったなと思えることに出会いながら、彼は旅を続けているだろう。

例えば大きな何かを成し遂げられなくても、何の役にも立てないと思えても、だ。

 

💻💻

寅さんの映画は、見るといつも泣けてきた。
寅さんの飄々とした物言いや、周囲とのハチャメチャがおっかしくて、
お腹の真ん中から笑っちゃうんだけど、
それを見ていながらの切なさも半端なくて、
ちょっと嗚咽しちゃうくらい泣かされることもあった。
古くさいけど鮮烈で、
まともじゃないのに正しい。
そんなことをいつも感じた。
そしていつも、温めてくれた。

 

古くさいけど鮮烈で

まともじゃないのに正しい

 

いつもそう感じて“寅さん”に魅了されている。

 

※この場合の「まとも」は常識的とか真面目といった意味合いで用いました(;^ω^)

 

 

ばあばの古いケータイがお気に入り。モシモシしてます(^^)

 

 

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「味わうために生きている」ドリアン助川さん~その後


いつも楽しみにしてお伺いしているブログ。

最近の記事でドリアン助川さんに触れられていて
なんだか嬉しくなりました。


10年前、自分もドリアン助川さんについて、こんなこと書きました。


……………


ドリアン助川さんという人がいる。


硬い刺で全身を覆い、果肉は強烈な臭いを放つドリアン。
あまりにも個性的なその果物が頭に付いた名前、
加えて、彼自身のパワフルな風貌も非常に印象的なのであるが、
実は彼のことはあまり知らない。


しかしながら、
偶然に彼の言葉を耳にし目にしたその時々に、
ふっと肩の力が抜けたこと、
何度もあったように思う。
そうか、それでいいんだと勇気づけられたことも。
なんだか不思議なのだけど、
自分の心の一番敏感で弱虫なところにふっと温かく沁みる言葉をかけてくれる、
そう感じる人なのである。


ドリアン助川さん。
作家、詩人、道化師、ミュージシャン。
1962年 東京都生まれの神戸育ち
Wikipediaにある。


最近、彼のコラムが紙面で見られるようになり、
毎週楽しみにしている。

先週の土曜日は

『クリームパン“あんがないのも人生さ”』というタイトルで
お祖母さまと分け合ったクリームパンの思い出に触れている。


“若かった両親が経済的困難にコブラツイストかましたり、かまされたりしている最中だった”幼い頃、
お祖母さまとよく旅をした助川少年。
北海道の親戚の家の前の磯で、自ら採ったウニで作ったウニ丼、
岩手の酢漬け食用菊、群馬の干し芋、そして各地の駅弁の味わいとともに、
こうした記憶が自分の底を作っている、と先ず書かれていて。


さて、クリームパン。
昭和40年代半ばのことだから、今ほど多種類の菓子パンはなかった。
祖母がうれしそうな顔で買ってくるのは、たいていクリームパンかジャムパンだった。

兵庫県のとある町。
六甲山が見える団地の小部屋で祖母が袋を破り、クリームパンを取りだした。
はじっこをちぎって私にくれ、次をちぎって自分の口に入れる。

すると祖母がこう言ったのだ。
「このクリームパン、きっとクリームが入っていないよ」
「えーっ!」
まさかそんなはずはないと思った。
関西で一番大きな製パン会社のクリームパンなのだ。
クリームがかたよって入っているに違いないと私は主張したが、祖母の勘がその先を見越していた。


お祖母さまはその後もパンをちぎっては助川少年にくれたが、
クリームは一向にその姿を見せず、とうとう最後までクリームは入っていなかった。

文句を言いにいく?と訊く助川少年にお祖母さまは
「食べたあとでクリームが入ってなかったと言ってもね」と笑ったそうだ。


ここからは私の想像だが、
「クリームの入っていないクリームパンを食べられたのも、ひとつの味わいだったね」
と祖母は伝えたかったのではないか。
笑顔がそう語っていたように思う。


家庭に恵まれず育ち、結婚も破局に終わった祖母は、クリームの入っていないクリームパンを食べ続けたような人だった。
だが、これはこれで味わい深いのさと、自分に言い聞かせてきたのかもしれない。
もしもそうなら、その姿勢は私が継いでいる。
勝ち負けではなく、味わうために生きている


味わうために生きている。


いいなぁと思う。
いい言葉だなぁと。
そんなふうに生きてみたい。


人生の困難も、
奥に隠れた味わいを見つけ出し、
受け入れ、
もひとつ頑張って面白がることも出来たら、
けっこう、人生楽しいかもと思う。


クリームの入っていないクリームパンを食べたことを想像してみる。
食いしん坊の自分だけど、
最後のパンをゴクンと呑み込んだ後、きっと笑っちゃうかな。
こんなこと、そうそう無いよ。
逆にラッキーじゃん!って、多分大騒ぎするな。


……………


「味わうために生きている」


10年前、この言葉の意味するところを自分なりに実感を伴いつつ理解したはずでしたが

今思えば、真に実感していたわけではなかったのかな。


10年が経ち、高齢者と呼ばれるようになり
あちこちに不備不良が出て
思うようにいかないことが増えてきた時

もちろん嘆く気持ちも湧くのだけど
その後にそんな不備不良を、まあ仕方ない、こんなこともあるさと己を宥め

何なら、自虐の中に面白みや味わいを見つけようとする瞬間が自ずとあること。

下を向かず、朗らかに生きていく術でもあります。


そういう意味で、

今や、そうしようと考える考えないに関わらず
身の回りや自分が動くそこかしこに「味わい」は溢れているなあと思うわけです。

それはもう、確かな実感を伴って。


積極的な意味でも「味わい」を求めるようになりましたね。

歳を重ねたせいでしょうか。


次から次へと欲しいモノを手に入れようとした若い頃。

そうして手に入れたモノたちを結局は簡単に捨ててしまう虚しさや愚かさを経て
一つのモノを大切に味わい尽くすことに喜びを感じるようになりました。


アンテナを張り素早く見て聞いて動けていた自分が
すっかり鈍くなり置いて行かれるとしても

目には見えない、耳には聞こえないモノをゆっくり味わう心の余裕をもらえた気がします。


歳を重ねた“おかげ”でしょう。


……………


「味わうために生きている」

「生きていることを味わう」


生きることの醍醐味をこれからようやく分かっていくのかもしれません。

(もうすっかりいい歳ですが^^;)



ドリアン助川さん著書で映画にもなった「あん」。素晴らしい作品でした。
komakusa22.hatenablog.com



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卵焼きの味付けは砂糖?塩?~実家と義実家の食文化の違い


卵焼きは甘いのが好きか、しょっぱいのが好きか

という話題をテレビ番組で取り扱っているのを観て

ふと母と義母のことが頭に浮かんだ。


私が子どもだった頃の母の卵焼きは塩味。やがて出汁で味付ける出汁巻き卵に。

つまり甘くない卵焼きである。

卵焼きを作る際に砂糖を入れるという発想は母には無かったと思う。

私自身も卵焼きに甘いという概念はないまま成長。

江戸前の握り寿司の“玉子”を食べる時には、いつも微かに違和感を覚えながらだった。


片や、義母の卵焼きは砂糖たっぷりの甘いもの。

初めて作る様子を見た時、溶いた卵にドバドバと大量の砂糖を入れるのでビックリ。

まさにカルチャーショックだった。

鉄のフライパン、しかも高温で焼くものだから、砂糖が焦げて黒くまだら模様になっている。

口に入れるとお菓子の様に甘く、焦げはカラメルの様だった。


卵焼きが甘いかそうでないかは地域性もあるのだろうか。

私は関西と関東でそれぞれ暮らしたが、関西は塩や出汁で味付けする人が多く、関東は甘い(砂糖の)卵焼きを好む人が多い気がする。


……………


卵焼きに限らず、実家と義実家の食文化の違いは単純に関東と関西の違いでもあるだろう。(夫は関東、私は関西)

例えば、すき焼きの肉は夫の実家は豚肉だったが、我が実家は断然牛肉だった。

甘じょっぱい味に囲まれて育った夫と、薄味や出汁の味に慣れ親しんだ私。


また、性格や暮らしぶりなど真逆とも言える母と義母だったので

そんな母たちが取り仕切る食文化は自ずと違うということもある。

前にも書いたが、

例えば、母は一人一人の皿におかずを盛り付けたが

義母はたいてい大皿にドサッと盛る。

これに個別の取り皿でもあればよいのだが、そんなものは無く、皆で大皿のモノを各自の箸でつつくのである。

野菜炒めや煮物とかならまだいいが

焼き鮭を三切れとか切り分けていない大きな卵焼きを二つとか

それを大皿にドンと並べて、大人5人の食卓に出すのだ。

どうやって食べたらいいのかわからず戸惑っている私をしり目に

義父、義母、義妹、そして夫がやっぱり箸でつついて食べる。

大人5人に鮭三切れなので、一人一切れ食べてしまってはいけないことは皆了解していて、三分の一とか微妙に残す。

その残ったものを誰かがつついて食べる。

結局、これだけは最後まで慣れなかったな(;^ω^)


父は酒飲みだったので、実家の食卓には必ず酒のつまみが別に並んだ。

義父はお酒を飲まず食卓に酒類が並ぶことは皆無だったが、代わりに食後の果物は必須だった。

リンゴだったり梨だったり、その季節になればふんだんに旬のものを食べた。

食事が終わりそうになると、義母が台所から果物と包丁を持って来て、掌をまな板代わりに果物を切り分けた。

その器用で素早いこと。

母がそうするのを見たことが無かったので、初めて見た時にはその鮮やかな手さばきに痛く感心したものだ。


夫はお酒を飲むが、果物も大好き。

食後、果物の用意を面倒臭がらずやってくれる。

掌の上で器用に切り分ける様は義母譲りである。


そうそう、母と義母の食文化で共通するものが一つある。

うま味調味料(味の〇)の多用。

お浸しや漬物など、これをかければより美味しくなると、二人ともやたらパラパラ振りかけていた。


……………


ところで、

夫は義母の卵焼きで育ったので、卵焼きと言えば甘いもの。

しかし、結婚当初、私が作る卵焼きは塩味であることが多かった。

夫はそれに文句や注文をつけることは控えつつ

たまに甘い卵焼きを作った時には「美味しく出来てるねえ」と殊更に褒めた。(たとえ美味しくなかったとしても。実際、美味しくないことも多々)

そうした夫の地道な努力もあり(苦笑)

また、私自身も甘い卵焼き作りにようやく手慣れてきたのか

最近は、まあまあ上手く出来たと思えるようにもなった。


ちなみに、甘い卵焼き。

砂糖ばかりで味付けしても味がぼんやりして、さらに砂糖を加えたくなるが、それでは糖分過多でよろしくない。

塩をほんの少し加えるとキリッと味が締まり、甘味が増す。(今さら言うほどのことでもないでしょうが^^;)

“スイカに塩”と同じ原理、かな?



母はこうした卵焼き専用のフライパンを使っていたので、皆そういうものかと思っていたのですが、義母は丸い鉄のフライパンで一気にジャー!と焼いていましたね。なので、卵焼きというよりはオムレツかな?と思ったりしたけど、義母は「卵焼きだよ」と言っていました( ̄▽ ̄)



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