こまくさ便り~Your Smile

娘、妻、嫁、母、ばあば、そして「私」の日々を綴ります

凸凹コンビと似た者同士

 
性格、思考回路、真逆の夫婦である私たち。
ざっくり夫対妻で言い分けると
ネガティブとポジティブ
感情的と合理的
慎重と軽率
拘りがちと無頓着
オーソドックスを好むのとヘテロドックスに傾きがちと
 
生活面では大雑把派(夫)ときちんと派(私)。
パック入りの納豆をテレビを観ながら手元は見ずにガシャガシャかき混ぜ
まあまあの頻度でネバネバの粒を外に飛ばす夫を、いつもひやひやしながら目の端で凝視する私。
カップスープ然り、インスタント味噌汁然り、夫のかき混ぜ物への取り組み方が雑過ぎて
手元をきちんと見てかき混ぜなさいと育てられた私にはちょっと受け入れ難い。
それに、自分は決して潔癖症ではないと思うのだけど、清潔についての基準も隔たりがあり
夫が自分の鼻水を拭いて丸めたティッシュを皆が使うテーブルに置きっぱなしにするのも何故?と思う。
少し手を伸ばせばすぐゴミ箱に捨てられるのに何故捨てない?
あなたがかんだ鼻水の染みたそれを何故に私が手に持ち捨てねばならぬのかと思う。
そんな夫は消化器系に自信が無くお腹がすぐ緩くなることもあって、いわゆる“菌”が怖い。
ファブリーズに絶大な信頼を置いており、自分の部屋中にシュッシュして菌を撲滅しようとする。
その徹底ぶりに、そんなことよりあなたがこぼした納豆菌やあなたの鼻水が付いているかもしれないテーブルをまず除菌して欲しいと思う私。
 
つまり性格も思考回路も生活態度も真逆な二人が、何故結婚したのかということだけど
その凸凹具合が新鮮だったのだと思う。
学生時代からの友人でもあり結婚までの恋人期間を合わせるとお互いを知るには十分だったと言える。
何度も喧嘩をして相手と己の大きく異なる性格や思考回路もわかっていた。
その上で、自分とは異なるものや自分が持たないものが相手にあることが新鮮であり憧れであり尊敬だった。
足りないものを補完し合える凸凹コンビ。
自分には無い価値観を教え合える関係。
それを良しとしたのだと思う。
夫が長子、私が末っ子というのも、組み合わせとして行動パターンが上手く噛み合った。
自分の思うようにリードする夫とそれについていくのが自然な私。
その代わり、夫はいつも多くの責任を背負ったし、私は要領よく楽をした。
 
そして今、その凸凹が我ら夫婦の諍いの大元なのだと半ば諦め気分で思い知るというわけだ。
 
ただラッキーだったのは家庭や家族を大切にしようとするベクトルが一致していたこと。
どんなに揉めても最後には何とか落としどころを見つけようと努力した。
話し合う中でお互いの意見をどうにか摺り合わせようと考えた。
子育てについての価値観が一致していたことも大きい。
その肝心なところが同じなので今のところ最悪な状況にならずに済んでいる。
今ふと思ったが、
押されたら一旦引く、相手が熱くなると自ずと冷静になる、といった凸凹具合が功を奏しているとも言える。
 
 
性格が自分と異なる人と結婚した方が真正面から衝突しないので良いだろうとか
自分に無いものを持っている人と一緒にいたら飽きないから結婚生活が楽しいだろうとか
そんな説を聞いたことがあるし、自分自身もそう思って結婚した。
ところが先日、テレビのバラエティ番組で心理学の先生が
「長子同士、中間子同士、末っ子同士の結婚の方が上手くいく。つまり似た者同士の方が結婚生活は上手くいくのですね」
と言っていて、はぁ、やっぱりそうかあと妙に納得したのだった。
 
長女は長男である夫(父親)の心理を瞬時に言い当て見事に理解する。
末娘は末っ子である私(母親)の考えていることが手に取るようにわかると言う。
わかるからと言ってすべて上手くいくとは限らないが、わからないがための凡ミスを避けることは出来るだろう。
 
長男気質である夫は末っ子気質である私の要領の良さをズルイと感じるし
周りに合わせることを幼い頃から学んできた末っ子の私は
自分の要求をおそらくほとんど通して大きくなったであろう長男坊の夫を子供っぽい自己中と思う。
違う立場で育ったゆえの心理の食い違いも結婚生活には大きく影響するのだろう。
 
はてさて、結婚する相手として凸凹コンビが良いのか似た者同士が良いのか。
自分のこととしては今さら考えても仕方ないけれど、それとは別に興味のあるテーマである。