すっとんきょうでゴメンナサイ

風の吹くまま気の向くまま

そばかすお嬢さん、ぼくと帰ろう~「赤いハイヒール」

 

いつもお邪魔している同世代の方のブログで、

太田裕美さんの「赤いハイヒール」について書かれていた。

途端に懐かしく、早速YouTubeで聴く。

 

ねえ友達なら聞いて下さる
ねえ友達なら聞いて下さる
淋しがりやの うちあけ話

彼女の愛らしく透き通った声で始まり、ああ、そうだったそうだったと蘇る。

 

東京駅についたその日は
私おさげの少女だったの
胸ポケットにふくらむ夢で
私買ったの赤いハイヒール
そばかすお嬢さん 故郷(ふるさと)なまりが
それから君を無口にしたね
アラン・ドロンとぼくを比べて
陽気に笑う君が好きだよ

先ずはマイナーの旋律でしっとり入る。

その後、“そばかすお嬢さん”からは一転メジャーで明るく朗らかに。

かと思ったら“故郷(ふるさと)なまりが”でちょっぴり切なさを滲ませる。

“それから君を無口にしたね”で同じ旋律を繰り返した後、

アラン・ドロンとぼくを比べて”でさらに高まる叙情感。

美し過ぎる旋律にやられて、不意に涙が溢れた。

そんなつもりは無かったのに、何処かのスイッチが入った。

 

あの筒美京平氏作曲である。作詞は松本隆氏。1976年6月リリース。

 

マニキュアの指 タイプライター
ひとつ打つたび夢なくしたわ
石ころだらけ私の青春
かかとのとれた赤いハイヒール
そばかすお嬢さん ぼくの愛した
澄んだ瞳は何処に消えたの?
明日はきっと君をさらって
ふるさと行きの切符を買うよ

 

おとぎ話の人魚姫はね
死ぬまで踊るあゝ赤い靴
いちどはいたらもう止まらない
誰か救けて赤いハイヒール
そばかすお嬢さん ぼくと帰ろう
緑の草原裸足になろうよ
曲りくねった二人の愛も
倖せそれでつかめるだろう

 

 

止まらない涙をティッシュで拭きながら、思い出した。

1976年。この歌が流行った頃、私の心の中は荒れ狂っていたことを。

宿命のようなコンプレックスを抱え、何処にも向けられない悔しさと闘っていた。

でも、それを悟られるのが怖かった。

何をどう叫んでも何も変わらないなら押し黙るしかない。

表向きは飄々としながら、内面は切られるように痛かった。

誰かに打ち明けられようはずもない悲しみをどうすることも出来ず、ただ苦しかった。

過剰過ぎる自意識は更に自分を苦しめ、ありのままの自分をわかって欲しいと願いながらも、ありのままの自分を到底さらけ出すことも出来ず、底の見えない沼でもがいていた。

そんな自分がしたことは精一杯突っ張って何食わぬ顔で日々をやり過ごすことだった。

そんな自分が哀れでも、自分にはそうするしかなかった。

 

当時、自分がこの歌をどんな思いで聴いたのか、正直よく憶えていない。

ただ、この前に大ヒットした「木綿のハンカチーフ」よりもこの歌が好きだったことは憶えている。

今、改めて歌詞を嚙みしめて聴くと、その時の自分の思いがわかる気がする。

ありのままの自分をわかってくれ、ありのままの自分でも好きでいてくれて、

「そばかすお嬢さん、ぼくと帰ろう」

そう言ってくれる人を求めていたのだろうと。

 

そんなことを思うとあの頃の自分が無性に可哀そうで、パソコンの前で泣けて仕方なかった。

 

 

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