すっとんきょうでゴメンナサイ

風の吹くまま気の向くまま

心に残る思い出の風景は、まだ少し悲しい


『にっぽん縦断こころ旅』という番組を
時々、朝ご飯を食べながら観ることがある。

視聴者の心に残っている思い出の風景を
俳優の火野正平さんが自転車で訪れるというもの。

地元の人たちとのほっこりとした触れ合いが
心の深いところで温かい正平さんの人柄を伝えてくれる。

笑ってしまうのはそのゲンキンさ。
「正平さ~ん」と近づくオバサン軍団には素っ気ないくせに
若い女子には途端にデレデレと自ら接触を試みようとする。
さすが、昭和のプレイボーイである。
飾り気がなく正直なのも正平さんだろう。

小さな虫や草花の名前を実によく知っているのもちょっと驚き。
どんなふうに過ごしてきたんだろうと正平さんの子ども時代を思い浮かべたりする。


今週は香川県の旅だった。

見晴らしの良い展望台から瀬戸内海を眺めるスタートシーン。

あれ?見覚えのある島影…と思ったら
「あれは小豆島」と正平さん。

やっぱり。


少しくびれたあの辺りに両親の家があった。

今は両親も亡くなり
あそこには誰もいないんだなと考えて、急に寂しくなった。

待っていてくれる人が居て
帰れる故郷があるということは本当に幸せなことだったんだなと
今さらのように悲しくなった。

島の穏やかな風景
心がホッとするような話し言葉
そして、自分を愛し慈しんでくれた人たち。

何もかもが懐かしく

でもそれがもう身近には無いことが心から残念だった。


……………


末娘が戻って来るにあたり
彼女のものとなる部屋の片付けをした。

我が家は三人娘で、それぞれのアルバムを幼い頃から折々にまとめてきた。
結婚とか自立とかした際に持たせてやろうと考えていたのだが
結婚しても自立しても一向に持って行こうとしないので
クローゼットの中で場所ばかり取っていた。

それらを今回、更に凝縮削減させて
もう少し手軽なポケットアルバムに整理し直した。


作業は思った以上に大変で面倒だったが
幼い娘たちに再会できたのは良かった。

自分でまとめていながら
もう忘れてしまっている写真の中の光景に
ハッとしたりする。

当時の娘たちの心境を想像しては
改めて気づいたりもする。

未熟な親だった自分を突き付けられる気がした。


その中に、孫と写る両親の姿もあった。

夏、帰省し、両親と兄家族と家の前の海で遊んだ時の写真。
娘たちや甥っ子姪っ子たちの弾ける笑顔に
60代だった父や母も海に入り、孫たちと戯れた。

まさに心に残る思い出の風景だが

自分にとっては
その風景の中にいるべき人がもういないことが
やっぱりまだ悲しくて

いつになったらほのぼのと思い出せるのだろうかと
我ながら情けなくもある。


……………


母が亡くなったのは4年前。
先日、初めて(←多分)夢に出て来た。

母は亡くなるまで認知症と診断されることはなかったが(その気は多少感じていたが)
夢の中の母は認知症で、施設に入所している。
されど、面会に行くとあれこれ私に指図して元気一杯。
最晩年くぼんで小さくなっていた瞳も、夢の中ではカーッと見開いて生気が漲っている。
なんだか肌艶も良く、若返っている気もする。

よくよく聞くとシワを伸ばす整形手術をしたと言う⁉(⊙o⊙)


そう言えば、生きている時、そんなことを突然言い出したことがあった。(夢の話ではなく、現実に)
父も私も何をバカな事をと取り合わなかったが
母はけっこう本気だったと思う。


そして夢の話。

認知症になってもその願望を忘れることはなく
サクッと実行してしまった母に驚くワタシ。


そこで目覚める⊙.☉

現実もぶっ飛んだところのある母だったが
夢の中でもぶっ飛んでいたことに布団の中で吹き出してしまった。


真面目な顔で
「シワを取る手術をしたい。こうすればいいと思うんよ」と
顔のシワを必死に髪の生え際に入れ込もうとしていた母のことは
心に残るちょっと笑える思い出である。




小豆島に帰省の際、フェリーや高速艇から見た思い出の風景です。瀬戸内海を行き交うフェリー、その奥に見えるのは香川県屋島。(ヘッダー画像にしています^^)


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