すっとんきょうでゴメンナサイ

風の吹くまま気の向くまま

義母のこと


義母は今年で88歳になる。


若い頃の写真を見るとほっそりとスマートだが
夫と結婚前に挨拶に行った時には
既にふくよかな義母だった。

モリモリ食べガシガシ動く様は生命力の旺盛さを物語り
体調が悪いことなど無いように見えたが
家系的に腎臓が弱いことは義母本人から度々聞かされた。


義母70歳の時に義父が亡くなった。
夫に尽くした義母だったので、一人になりしばらくは寂しかったと思うが
逆に言えば、常に気遣い、重しとなっていた存在が失われ
やがて義母は気軽になり身軽になったのかもしれない。

好きな物を好きなだけ食べる。
欲しい物を次々と買う。
誰に文句を言われることもない。
義母にすれば生まれて初めての自由気ままな暮らしを満喫しているかのようだった。


しかし、その結果
ふくよかの限度を超え、こちらが心配になるほど丸々と太ってしまった体。
膝を痛め、顔にはいつも大量の汗をかいていた。
腎臓が弱いと言いながら、義母が好む食べ物は腎臓に負担のかかる物ばかり。
義母の顔は見るからに不健康に黒ずんできた。
「お医者さんにかかっているんだよね?」と訊くと「薬飲んでるよ」と言うけれど
本当に大丈夫なのかと私一人が不安だった。

また、義父が存命中も家の中は雑然としていたが
片付けられない性分に加え、根気よく探すことをしないので
必要な物が見つからなければすぐ購入。
衣類や日用品、食材など、大きな一戸建ての全ての部屋が物で溢れた。


そんな義母が実家の玄関で転んだのは一人暮らしになり10年ほど経った頃。
物が折り重なるように置かれた、玄関とは名ばかりの危険極まりないその場所で転ぶのは必定だった。
(我々も片付けることを何度も進言し、少しずつでも片付けようとしたが、義母は頑なに拒否し、「片付けようとすると気分が悪くなる」と泣かれたこともある。)

転倒して肋骨を骨折。即入院となった義母。
医師には骨折の所見以外に、腎臓がかなり悪いことを指摘された。


その後、9ヶ月間の入院生活を送る中で必要な食事制限がなされ
義母の体はみるみるすっきりとしてきた。
骨折で痛い思いをしたのは可哀想だったが、内臓が整えられたのは幸いだった。
一回り小さくなった義母を見て、義妹は「痩せちゃったね」と心配したが
「いや、逆に健康になったんだ」と夫は言った。
黒ずんでいた顔もきれいな肌色になった。


肋骨の骨折も癒え、リハビリに励んだ義母だったが
入院中、ベッドに腰を下ろした時、あろうことか背骨を圧迫骨折。
結局、自立歩行が叶わぬまま車椅子生活となり退院した。
介護度4。夫と二人で実家で介護することとなった。


隣県の自宅から毎週通いながらの遠距離介護は大変だったが
デイサービスやショートステイを利用しながら何とかやり繰りした。
私に特に課せられた任務は義母の腎臓をこれ以上悪化させない為の食事。
タンパク質を取り過ぎない、塩分は控え目に、カリウムの多い果物や野菜も制限した。
エネルギー量をしっかり摂取することは必要だが
それまでの義母の食事量は多過ぎたので、そこも適度に。

けれど、それはつまり
食べること大好き、塩辛い物大好き、果物大好きの義母にはきっとあまりにも物足りない食事だったはず。
義母の心中を思うと可哀想だが、これ以上腎臓を悪くするわけにいかない。
義母にもそれはわかっていたのだろう。不満を口にすることは一切無かった。
毎回の食事をゆっくり嚙みしめるように食べ、いつも最後には「おご馳走さま」と言ってくれた。
決してご馳走などではない。
以前の様に好きな物を思い切り食べさせてあげられないことが切なかった。


やがて在宅介護に行き詰まり、義母は施設に入所することになった。
とても良い施設で穏やかに過ごせているのが有難い。
食事の面も腎臓病にしっかりと対応していただき、体調も安定している。
それら全てのおかげで義母は長生き出来ていると思える。

とは言え、
腎臓病を考慮しての食事はやはり義母にとって物足りなく
義母自身仕方ないとわかっていても、ふと不満を漏らすこともあった。
味噌汁が出ない。(在宅では超超薄味にして出していた)
果物を食べさせてもらえない。
甘い物もほんの少しで物足りない。
在宅介護の頃、私には言わなかったが、本心はそうだったのだと改めて思った。
そんな自分の状況に折り合いをつけ
出された食事を黙って食べるのみの義母だったろう。


そんな折、施設に来られる訪問診療の医師が変わり、先日義母を診ていただいた。
検査データや義母の年齢などから
今後、腎臓の悪化が進んでも人工透析はせずに体調を診ながら対処療法をしましょうとおっしゃった。
そして、「少しなら好きな物も食べさせてあげてください」とも。
それを聞いて、義母がどんなに喜ぶだろうと嬉しかった。


腎臓の症状が改善されたわけではない。
良くなることはないけれど、これ以上悪くならないようにと続けてきた食事制限。
7年前に転倒し入院してから、義母はずっと頑張ってきた。
食べること好き、塩辛い物好き、果物大好きだった義母が不満も言わず立派だった。
もちろん義母自身の体の為。
そのおかげで88歳の今日まで体調を崩すことなく生活出来たのも確か。


それでも、
88歳まで生きてきて
食べたいものも我慢して生きることが
そうして生き永らえることが
いったいどうなんだろうと
自分自身に置き換えて、時々わからなくなったりした。
義母にとって幸せな生き方は何だろうと考えることもあった。

自分の中で答えは見つけられていなかったが
「好きな物を食べさせてあげて」と言ってくれた医師の言葉に思わず胸が熱くなり
感謝したい思いが溢れた。


仮にそれで多少寿命が短くなったとしても
義母には好きな物を食べ満足する気持ちで日々を送ってもらいたい


今の義母に対してそのように考えることが正しいのか間違っているのかわからない。

それに、義母が好きな物を我慢してでも長生きしたいと考えているとしたら
私の思いは、所詮、嫁という立場の他人の独り善がりでしかないわけで。


ただ、
義母の残りの日々が少しでも喜びに満ちたものであるように。

それを願っている。



医師からのお墨付きをいただいて、早速バナナを少し食べたそうだ。
腎臓病にはバナナはダメと言われ、ずい分と長い間食べていなかった。
とても喜んでいたと施設の職員の方が話してくれた。

近ごろは滅多に笑わなくなった義母の、満面の笑みが見える気がした。



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