すっとんきょうでゴメンナサイ

風の吹くまま気の向くまま

小学校のクラスメイトに40年ぶりに会って

 

先週のこと。

名古屋に住んでいた頃の小学5,6年時のクラスメイトと、実に40年ぶりに会いました。

 

成人し、社会人になった頃に小学校卒業後初めての同窓会。

その後、私の結婚直前に結婚前の夫と一緒に3人で“つくば博”に行きました。(何故、そういうことになったかは憶えていません^^;)

それ以来の再会です。

 

父が転勤族で、何度か転校をした子ども時代でしたが

2歳から12歳までは名古屋市に暮らしたので、同じ小学校に6年間通えました。

(ちなみに、中学校は名古屋市→西宮市→浦和市(現さいたま市)と転々)

彼女とは数人の仲良し仲間の一人といった関係で

誰よりも仲が良かったというわけではなかったのかもしれませんが

今も名古屋在住の彼女とは、私が名古屋を離れてからも文通をし

年賀状のやり取りは歳を重ねてもずっと続きました。

思春期のあれこれを手紙に綴り、大人になってからは仕事のことも。

結婚してからは主に年賀状で、会えずともお互いの近況を交換し合いました。

結局、小学生時代の仲良しで交流が続いたのは彼女だけでした。

 

60歳になった春、彼女から印刷された長文の葉書が届きました。

一年半前から新たな職場に出向していて、福祉分野の仕事をしていること。

それに伴い、この一年間は社会福祉士の国家資格を取得するため、夜間専門学校に通ったこと。

そして、国家試験合格。定年退職。

今後も同じ職場で嘱託職員として働くことなど、晴れやかさを感じる文面の最後

旧姓に戻ったことと、住所変更としてご実家の住所が記されていました。

 

そういう場合、離婚した?と考えるのかな…

ただ、確かその数年前までご主人との仲睦まじいツーショットの年賀状が届いていたはず。

確信が出来ず、ましてわざわざ確認など出来るはずもなく。

 

片や、60歳を機に年賀状をやめた私。

特に深い理由はなく、生来の怠け者気質が沸々と湧き「もういいんじゃないの?」。

地元の友人とはしょっちゅう連絡し合っているし、会えてもいる。

遠くの友人には暑中見舞いや旅先からの絵葉書など、気持ちが動いたら便りを出せばいいと考えたのです。

けれど、日々の雑事に気を取られ、それを実現しないまま、時が経過。

今年の猛暑、ようやく遠くの友人数人に暑中見舞いを送るに至ったのでした。

返事をくれたり、電話をかけてきてくれたりする中で

名古屋の彼女に出した暑中見舞いが宛先不明で戻って来ました。

 

急に不安になり、葉書に書いてくれていたメールに送ってみましたがエラーで届かず。

どうしようと考えあぐねていたら、LINEの「知り合いかも?」に彼女のアイコンを発見。

思い切ってタップしトーク画面を開き、「こまくさです。届くかな?」

「お久しぶりです!」と返ってきた時にはホッとしました。

 

60歳の春に彼女から葉書が届いてから5年目。

ということは、私もその間、連絡せずだったということか…

 

3年前に名古屋市内に家を建て引越したとのこと。

今は仕事を続けながら、大学院の社会人枠で博士課程を勉強中。

今度、論文を書くための取材で東京に行くと書かれていました。

 

じゃあ、会おう!と即決定。

 

その日に向けて、ここ数年ですっかり変わった東京駅界隈の店を予めリサーチ。

お互い、初めての店に無事辿り着くか、先ずそこから緊張しつつ

40年経過した相手の顔が分かるか、それも不安でありつつ

しかし、思いのほかスムーズに着いたその店に、彼女は既に待っていてくれて

すぐにお互いが分かったのでした。

 

 

40年ぶりというのに、何の違和感も無く、躊躇いも無く、言葉が自然に通い合う感じ。

何なら照れ臭さも無いのが、実は人見知りがちな自分には不思議でもあり。

そりゃ友だちだけど40年も会ってなきゃ初めは照れちゃうところなのに…

40年も面と向かって交わることなく、それぞれの人生を歩んできて

子どもの頃の印象と違うところもたくさんあって当たり前なのに

喋っていて戸惑ったり言い淀んだりすることが全く無い。

なんだろう?この感じ。

こんなんでいいの?と内心ワクワクしました。

 

あの頃の自分にとって、誰かと友だちになるのに多分深い考えは無かったと思う。

近くに座っていたからとか、出席順が前後だったとか、たまたま一緒に遊んだとか

そんなところだったでしょう。

 

だけど、

ああ、彼女は友だちになるべくしてなった人なんだなと、今さらのように確認出来たのです。

 

それが嬉しかった。

 

 

クラスメイトや担任の先生のエピソードを幾つも思い出しては笑いました。

中でも、彼女が一人の男子に密かに憧れていたことが判明。

優しく大人びていた彼の「ちょっと影のある感じに憧れていた」らしい。

そんなこと思ってたんだと彼女の恋心にくすぐられつつ、私も彼のことを思い出しました。

 

5年生に進級しクラス替えとなった早々、自分にとって悲しいことを言われた瞬間がありました。

言い返せず押し黙るしかない私でしたが、彼はすかさず盾になり私を庇ってくれたのです。

静かな口調で冷静に、けれどハッキリとその言葉をはねのけてくれた。

おかげでその後、同じ様なことで悲しい思いをしたことはありません。

有難かった。そのことは今でも忘れない。

 

その彼の消息が分からないと残念そうな彼女。

もし会えたら私もあの時のお礼が言いたいかも。

多分、彼は「そんなことあったっけ?」と言いそうだけど。

 

……………

 

ところで、やっぱり彼女は離婚していました。

財産分与の問題などで難航したものの、5年前に成立。

精神的にも大変だったと思うのですが、あっけらかんと話す彼女でした。

 

離婚後、一旦実家に戻ったけれど、その2年後には名古屋市内の中心部に自ら家を建てたというからスゴイ。

仕事をしながら大学院に通い、地域の民生委員にも任命され、忙しい日々だそう。

 

私とはまるで違う「今」を送っているように思える彼女。

ですが、テーブルを挟み、止めどないお喋りをしながら

彼女の正直さやあどけなさがあの頃とちっとも変っていないことをしみじみと感じて

温かい懐かしさに満たされる再会でした。

 

 

愛知県に暮らす両親の生活支援に通っていた頃、ふと思い立ち、通っていた小学校に行ってみました。それこそ半世紀ぶり。正門の位置は変わり、校舎もすっかり建て替えられていました。正面の植え込みは昔のまま?…な気がします。

 

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